業界トップランナー鍋野敬一郎氏コラム第95回「ERPシステムと独自システムのどちらがフィジカルAIで価値を生むのか?~ブラックボックス化した独自ナレッジのデジタル化が儲かるAIのポイント~」をご紹介します。
2026年も半分が過ぎましたが、世界の先行きは未だ不透明な状況が続いています。こうした政治、経済の状況や、人型ロボットやAIなどテクノロジーの急速な進化が日常風景を確実に書き換えていることに気づかせてくれます。工場や物流現場で、ロボットや搬送機が自ら判断して動くという「フィジカルAI」への注目が急速に高まっています。もちろん、一部大手企業が、1台数千万円から数億円もするようなロボットが普及するまでにはまだ10年くらい掛かるでしょうが、人手不足やコスト削減などの理由から「フィジカルAI」に対する期待は高まるばかりです。しかし、果たして「フィジカルAI」を導入すれば本当に人手不足やコスト削減、生産性の飛躍的な向上などが実現できるのでしょうか。既にバズワード化しているDXですが、DXに成功している企業でも成功している企業と、これまでとそれほど変わらない企業の両方があります。もちろんDX導入はどちらも成功していて、目で見える効果も出ています。でも、業績が2倍3倍と飛躍的に伸びているところと、2割3割程度しか伸びていないところがあります。2割3割の向上なら、大きな投資と鳴り物入りの新組織や外部コンサル投入などしなくても良かったような気がします。DXと似ている気がするのですが、たぶん気のせいです。正直なところ、DXも生成AIもフィジカルAIも本来の業務を支援する手段(道具)です。道具は使うポイントと使い方にコツがあるのです。さて、今回は業績は2倍3倍に大きく伸ばすためのフィジカルAIについてご説明します。
生成AIを導入して、儲からない企業と儲かる企業の違いはどこにあるのか?
生成AIや新しいロボットや搬送機などが導入された工場やオフィスを歩いてみれば分かりますが、「AIを導入すれば儲かる」わけではありません。もちろん、AI導入による効果は出ていますが、儲かっているわけではありません。生成AIは、議事録やレポートなどをあっという間に作成してくれます。予定が変更になった場合に、計画変更の代案をあっという間に複数作ってくれます。社内ネットの共有ファイルや社外の情報検索もあっという間にやってくれます。体感では半分から10分の1くらいの幅はありますが、明確に違いが判るくらい早い仕事です。但し、しばしば間違います。ちゃんとチェックすれば分かりますが、さっと読み飛ばすと一見ちゃんと出来ているように見えます、が間違っているケースが多いのです。なぜ間違ったのかは、よく分かりません。生成AIはそういうレベルですが、便利で業務が捗ることは体感できます。そして、社内のほぼ全員が何らかの生成AIを使っています。
さて、前述した通り「AIを導入すれば儲かる」わけではないと書きましたが、その理由は自分がやるべき仕事の時間と工数が削減されていますが、売上/利益/顧客満足度に直接関係ない仕事で生成AIを使っているからです。ここにポイントがあります!
フィジカルAIが最大の効果を発揮する条件は、設備ごとに異なる仕様や欠損しがちなデータ、変化する環境条件に対応しながら、安定した成果を出し続けられるかどうかにあります。裏を返せば、「状況変化への頑健性」が価値の中心であり、決まりきった手順を再現するだけではそれほど大きな意味がないのです。標準化された定型作業をAIで代替するだけでは、他社との差は一時的なものでしかありません。汎用ロボットベンダーやSIerが同種の機能を短期間で模倣し、後発企業も現場での運用経験を積むにつれて、当初の優位性は次第に解消されていきます。(もちろん多少の先行者利益はあります)産業用ロボット大手各社の決算を比較した分析でも、フィジカルAIで利益を出せるかどうかを決めているのは、AI技術の巧拙ではなく現場固有の学習データを継続的に確保できるかどうかだと言われています。標準機能の実装競争は、遅かれ早かれコモディティ化の罠に飲み込まれてしまい、つまり、あまり意味は無いのです。ここで有効になるのが、自社だけが持つ「標準ではない作業」、こだわり・独自ナレッジをデジタル化して、あえて外部に一切開示せず社内だけで保有し、意図的にブラックボックス化する戦略です。『秘伝のタレのデジタル化』とは、そういうことではないでしょうか。つまり、答えは、ERPやMESなどシステムの中にあるデータをそのままAIに使わず、独自ナレッジをフィジカルAIに使って差別化する戦略です。

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- (図表1、フィジカルAIの有効な打ち手:非標準ノウハウのブラックボックス化)
■ディスコ社の事例、デジタルを資産化し、学習データとして再投資し続ける仕組み
独自ナレッジをブラックボックス化して戦略的に活用している具体例は、半導体製造装置メーカーのディスコです。同社は精密切断・研削装置という「ハードウェア」、消耗品であるダイヤモンドブレードや砥石という「ツール」、そして顧客から素材サンプルを無償で預かって最適加工条件を探る「テストカット」を通じて蓄積した、顧客ごとの加工ノウハウという「アプリケーション技術」の三位一体で、他社が容易に模倣できない参入障壁を築いています。この加工条件データは特許化・製品化されることなく、あくまで社内に閉じた資産として蓄積され続ける仕組みです。結果として同社は半導体後工程(切る・削る・磨く)で世界シェア7〜8割、売上高総利益率70%超、営業利益率42%超という、ハードウェア製造業としては異例の高収益体質を実現し、直近3年間で売上高を約1.5倍に伸ばしています。装置販売後も消耗品とノウハウ提供が続く関係が、価格競争に巻き込まれないことで、顧客との強い信頼関係が築かれて高い顧客満足度につながっています。ディスコの事例は、AIの事例ではありませんが、独自ナレッジをノウハウ化してこれを成長戦略にしているところが同じ発想なのです。ロボットやAIという目先のモノコトに惑わされず、本質を見極めることが重要です。

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- (図表2、事例:ディスコ社のケース、半導体精密加工装置)
ここで注意しなければならないことは、この独自ナレッジのブラックボックス化が万能薬ではないという点です。アナログ技術のブラックボックス化を強みとしてきた日本企業の一部では、人手不足や後継者を育成できず技能継承の断絶やデジタル化の遅れが重なり、頼みの綱だったノウハウ自体が失われつつあるという状況に陥っています。ブラックボックスは「秘匿すること」自体が目的ではなく、「秘匿したまま社内でデジタル資産化し、フィジカルAIの学習データとして再投資し続けること」で初めて持続的な収益に転化することが出来ます。ディスコが顧客ごとの加工条件を暗黙知のまま放置せず、テストカットという仕組みを通じて組織的に蓄積し続けている点は、まさにこの「秘匿×資産化」の両立を体現しているところにあります。技術を継承する仕組みを作る、技術を継承する人を継続的に育成することが肝になります。
これから多くの製造業がフィジカルAI導入に取り組むと思われますが、重要なのはフィジカルAIならどれでも良いわけではなく、「儲かるフィジカルAI」に集中投資することです。標準機能の実装は、他社と同等の底上げ程度にしておいて、注力すべきは自社にしか存在しない非標準の作業知識をどう特定し、どのように外部に漏らさず資産化し続けるか。そして、その資産をどう顧客との継続的な信頼関係——『高い顧客満足度とリカーリング収益』——に転換するかにあります。

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- (図表3、儲かるフィジカルAIをつくるポイント)
今回は製造業の業績に関係の無いAI導入と、成長戦略に紐づくフィジカルAIについて、事例からフィジカルAI導入戦略を考えてみました。人型ロボット導入ではなく、儲からない作業の時短や効率化でもなく、フィジカルAIという道具を正しい場所で適切に使うことの意味について考えて頂けますようお願いします。
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